いただく、ということ

いただく、ということ

今週はアウトドアネタがほとんどない
なにがアウトドアでなにがアウトドアでないのかは
厳密にはあまり区別ができないようにも思えるのだが・・
まあ、草木や他の生き物と会話をする機会がなかった、ということだろうか

ジャガイモ料理(写真が貧弱で・・・)

などと書いていて、そういえば自分で育て、
収穫したジャガイモで料理をしたことを思い出した
さらには義理のお父さんや祖母が作ったナスやキュウリでも
家の前にある畑から採ってきた野菜で作る料理は旨い
買ってくるより、なにか“活き”が違うのである
そして、自分が手間をかけて育てたものを「いただく」という感じ
目の前で育つ姿を見て、いよいよ食べどき、というときに
ハサミで切ったり、掘り起こしたりして食べる野菜は
まさに「命をいただく」という感じでもある
そこには「感謝」という気持ちさえ生まれたりする

こんな歳になって「命をいただく」も「感謝」もないのだが、
自分で育てたり、探して採ったりしたものを「いただく」というのは
若い時分に経験してこなかった分、いまになって身に沁みたりするのです

食料自給率が40%を切り、“世間”になじめない人たちが増える我が国
進んでいる方向はいまのままでいいのだろうか?

 

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