深い森

深い森

思い立って愛知県の面ノ木峠に行ってきた
仕事と家庭生活の合間にふと、森へ行きたくなる時があり、
チャンスとタイミングにも恵まれた
インタープリターという仕事を離れたいま、
こうした瞬間がわたしにとってのアウトドアである

さて時季は梅雨
もちろん、強い降りならやめようかと思っていたが、
幸い、降るか降らないかの曇り予報
小雨であれば、森を見たり歩いたりするのには
それほど支障はない
弁当持って出発だ

標高約1000メートルの面ノ木峠は一面の霧だった
近辺にある唯一の有人施設、面ノ木ビジターセンターは
なんと8月で閉鎖だという
ここで地図を確保しようと思っていたので、
不幸中の幸い、というものか
わたしの到着とほぼ同時に到着した管理人のおじさんから
地図をもらっていざ森へ

イワガラミの花

ここから一旦、湿地に下り、目的の天狗棚までは200メートルほどの登り
一帯はブナの原生林だという
わたしはこの“原生林”というワードに弱い
人の手がほとんど入っていない“原生林”という言葉には、
“ジャングル”と同じような憧れが生じる
人間の匂いや痕跡のない世界、
そこはわたしにとってのアナザーワールド
異世界へ足を踏み入れる冒険心が沸き起こるのだ

標高1000メートルの湿地

まずは、標高1000メートルにある“湿地”
“湿地”と“湿原”はその成り立ちが微妙に違うのだが、
ここのはやはり湿地であった
こんな高標高の場所で湿地を見るのは初めてだった
花の季節ではなかったが、ミズチドリというランの仲間の
つぼみが迎えてくれた
ほかにもクリンソウの花後や葉だけのオタカラコウや
トリカブトの仲間
あるのは霧ケ峰などの湿原に近いものたち
そういえば、森に足を踏み入れた瞬間、
懐かしい夏山の匂いがした
20代の頃、信州に暮らしていたわたしは
標高1000~1500メートルの山のなかで
何度この匂いを嗅いだことか
嫌いだった講義やレポートが終わり、
長い2か月の夏休みにさんざん出かけて嗅いだ匂い
この匂いは自由と喜びに満ちた
学生時代の信州の夏を思い起こさせる

サンショウの未熟果があったので、
これで作った塩漬けの旨かったことを思い出し、しばし採集
こんな無心で何かをやる瞬間もじつに楽しい

そしていよいよ森は深いものに
深い森、という表現にはいろいろな意味があるのかと思うが
わたしが思う深い森とは、そこに生える木々の大きさ
それはイコール森の古さでもある

古さ、というとなんだか「過去」という言葉を思い起こさせてしまうが
そうではなく、その木々たちが生きてきた時の長さ、
という感覚がわたしにはある
おそらく太いブナやウラジロモミの樹齢は優に100を越し、
200に近いかもしれない
そして、そんな時の長さのある空間に自分がいることの
不思議さや心地よさのようなものを感じる
ここにある木々はわたしよりはるかに長く生き、
そしていまも堂々と生きている
なにか、そのことからくる安心感
生きていていいんだよ、と言われているような
無意識のうちにそんな気持ちになるのだろうか

サワギクの花

ここらの登りであれば、まだ息は切れないようだ
もうしばらく山へ行けるなと一安心
若いころにさんざん登っておいてよかった

そんなこんなでちょうどお昼ごろに天狗棚へ到着
湿地のあたりには江戸時代ごろの木地師の住居跡があったらしいので
そのころ、彼らがここで天狗を見たのだろうか
ところで天狗っていったいなんだったのだろう
そういえば、昼飯を食べていた時に
上空を大きな猛禽類(クマタカか?)が滑っていった

ブナの森

霧は晴れなかったが、幸い、合羽を着ることもなく
そんななか、天狗棚ではエゾハルゼミたちが鳴きはじめた
この時季、何十匹というエゾハルゼミたちが一斉に鳴くと
その声は森のなかに反響し、
エゾハルゼミのなかに自分がいるかのような感覚になる
ここでの住人は彼らであり、わたしはたんなる闖入者なのだと
あらためて気づかされる

昼食を食べて森を下った
ここにはブナがあり、ミズナラがあり、ウラジロモミがあり、
オオイタヤメイゲツやエゴノキもあった
世界遺産の白神山地などとは違って
太平洋側のブナ林にはブナ以外の木々も多く生えるので、
いろいろな木々やその花が見られ、わたしは好きだ
ある決まった種類の木だけが生える
いわゆる“純林”といわれる森よりも
なぜか雑多な木の生える“混交林”に魅かれる
これはその人の生い立ちや趣向となにか関係があるのかもしれない

ヤマホタルブクロの花

帰りは一気に山を下り、あっという間に出発地点のビジターセンターへ
もう来れないかと思い、なかをざっと見学したが、
展示物はかなり古く、埃っぽい
建設当初はこの一帯を売りにしようかと考えたのかもしれないが
その役目はあと1か月ほどで終わりとなる
そして継続の価値はない、と判断されたのだろう
これで人間のまなざしや足は一層遠のくのかもしれないが、
そのことで森の深さは増してくれるのだろうか
それとも、まったく違うまなざしで見られるようになってしまうのだろうか

なにかの虫
 

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