イノシシと選挙

イノシシと選挙

 

 

先日山陰地方ひとり旅に行っていました。

岡山から、出雲へやくもに乗って行くはずが前日の雨で岡山で3時間の足止めをくらうというハプニングありでしたが

こりゃ、神様も年に一度来るのを楽しみにするに違いないってくらいの美しさ。

の良い旅でございました。

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一昨日はゴミ捨てをすっかり忘れてしまい

思い出したのが夜中の11時過ぎ、「あーめんどくさい」と思いつつ

次のゴミの日までおいておくわけにもいかないので、行くことに。

先週もお伝えしたとおり、深夜の外は獣の世界である我が家は

真っ暗になってからの外出はちょっと気をつけようとさすがの私も思うのです。

携帯で照らしながらゴミ置場を目指す。

常時2〜3頭の気配は感じるものの、あちらも息をひそめて遠ざかるのを待っているものと思われる。

まあ、近くても5mは獣との距離はあるだろうよと、根拠はないがそんなたかをくくってしまうのは

これまでの経験上まさかそんな近くまで獣が来てるはずがないという思い込みからであるが今日からは改めよう。

真っ暗な茂みの1mほど向こうで、ミシッとしたかと思った瞬間大きなイノシシが飛び出した。

まるでじゃりン子チエのオープニングのイノシシみたいだったねと話しながら、ゴミ置場に向かう。

おっことぬしの手下くらいの大きさの、茶色い毛むくじゃらが、背の伸びた草むらから飛び出した。とっさに光で追いかける人と、その場を急いで離れようとする人。

きっと、いつか明暗が分かれる日が来るかもしれない。

そのうち突かれるのは私の方だ。ありちゃんから厳重注意をされるが、この件に限らず痛い目に合わないとわからないのがこれまでで、いい年なので気をつけようと思います。

そういえば昨日友達のお店でも話題になった、岐阜の豚コレラ。あの郡上のマチュピチュと言われる石徹白のイノシシにも発見されたそうな。

ようやくジビエがブランド化しつつあったというのに残念だね。と話したところだったが、昨日のイノシシは元気そうであった。

鶏舎では、15センチ×30センチ角ほどのところにニワトリが二羽づつ、およそ100m先まで続く施設内、卵が産めなくなるまで生み続け産めなくなったら殺処分という現実を見学してしまい、

牛乳を出すために種付けされる牛が短い鎖に繋がれているのを見てお菓子屋やってる自分に何かを問いかけてしまった。

蜂もそう。病気を持ったミツバチは 巣箱ごと焼却することが決まりである。病気を持ったセイヨウミツバチ(外来種)が、盗蜜などの接触によりニホンミツバチ(野生)に感染し野生種の死滅という問題もある。

蜂の場合は、昨今、知識の薄い素人養蜂家がセイヨウミツバチを飼育しだした事が要因となる場合がある。業者としての知識と経験がなく管理しきれていないのだが、

本人にはその認識がない。最近は、ニホンミツバチだけでなく、セイヨウミツバチミツバチの分蜂群に出会う率も高い。セイヨウミツバチが野生化する日がくるかもしれないのはいろいろ私的には困る。

縄張りである。結局は縄張りなのだ。

・・ちょうど、参院選の最中です。どこに投票するか、投票しないか、投票自体も行かないのか、自分の生活との相談です。

選挙なんかはちょっとした非日常で、いつもの仲良しの、私たちって何をやっても気が合うよね!

という関係性に思いもよらぬ距離感を生んでしまうこともある。

どんな関係性も交われるところと交われないところがあるものだ。

何を生業として、ご飯を食べて日々生活するのか。そしてその生業で子を養い

老後の蓄えをする。それを守るためには何を選択すれば良いか。それはおうちの数だけ答えはあるのであろう。

人間も等しく、結局は縄張りなのでしょう。誰も意識はしていないが行為のほとんどがその原始的本能によって選択せざるおえないのではなかろうか。

さて、私の縄張りはどこにあるのか。サルと私、イノシシと私、ムカデと私、あの人と私、この人と私

知性と感性と品性と想像力が美しい形を形成するのだ!と目の前の山(非現実)を見ながら思うのでありました。

 

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ひぐらしがなく季節となりました。

 

 

 

 

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