プロと言う言葉。

プロと言う言葉。

もう20年も前の事になる昔、スキューバダイビングのライセンスを取った。
スキューバダイビングのライセンス、と言うのは 国家資格の「潜水士」とは別に 民間の任意団体が作る階級的なライセンス制度があり、階級をひとつひとつ上げるのにトレーニングコースが用意されている。穿った見方をすればその世界に囲い込んで向上心をくすぐり、いくつものコースを受けさせることでその資格取得への道そのものが商売として上手く成り立っている側面がある。

だから海外のダイビングが盛んなビーチリゾートなんかに行けば、卒業旅行でした初めての体験で世界が広がってしまった女の子なんかがショップで働いていて、「人生が変わった!」体験を嬉々として語ってくれたりする。
そしてそんな世界の階級上げに夢中な女性の一人の機嫌を損ねた時、{その理由も不合理だったのだが}言葉でえらく殴りつけられた。

「プロ意識が無い!!」

その後 自分がその「“階級上げ”コース」に申し込む時 サインを求められる承諾書にはまぁ、こう書いてある。
{コース中に起きた事には一切の責任を負いません}
「・・・あんたらはプロなのに、責任は負わないのか?・・一切の!!」
すごくサインしたくなくて あえて自分の名前を誤字で書いた。

――――時は流れ。自分もアウトドアのガイドになりまして――――

――――――――え?  ・・聞きますか?
――――――――――   ・・もらってますよハイ。同じ文面にサインを・・

 

まぁ、せめてプロだなんて偉ぶる事は基本的に言わないようにはしています。

しかしあの文面にサインを貰ったところで、当然職業上期待される責任能力は消えるわけではなく、バカをすれば当然裁判で負けます。
ならば あの文面に意味がないのか、というとそうとも思わない。
一つにはサインする側が、完全にガイドのおんぶで行こう、という意識を正して欲しいという事。リスクというのは結局本人が気を付けていないと防げない物が大半を占めるとさえ言える。
一つは結局のところガイドがどんなに経験を積んでも予想のつかない瞬間が次に訪れる事はある。自然相手なのだから。
それらの事を色々考えたらやっぱり、あの無責任ともとれる文面に行きついてしまう。

立場変われば、だ。

で、なぜこんなことを思い出しているのかと言うと、今年の5月18日、屋久島は縄文杉への登山口で200人を超える登山者が行動不能に陥った。うち30人強がガイド。
「何故そんな日に行ったんだ?」
「あんたらはプロなのに?!」
自分が南シナ海に吐き捨てた言葉が、20年の時を経て空から背中を貫いた。

続く

 

 

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