屋久島 豪雨の記録 6 {5月18日の朝}

5月17日

避難小屋へ宿泊に向かう一般登山者に警告を言いながら下山。翌日の天気予報はどうしようもなく雨の予報で、帰宅後 嫁とこんな会話をした。

「明日はどうせ中止やろうから弁当作らなくても良いぐらいなんやけどねぇ」

「そういう事言う時に限って中止にならへんねんって」

 

そう、台風の接近等確実な要因があれば我々ガイド側も、そしてシャトルバスも前日からツアーの中止/運休を決定する事もある。しかしこの日は前日の段階で決定しきれるものでは無いとして早朝判断となった。

これは憂鬱なものだ。

朝{3時頃}から起きて警報が出ていたならば、一応お客様の所まで行って「残念でしたねぇ、どうしますか?」と代替ツアーの希望{といっても何もできない事が多い}や翌日振替の希望を聞く。弁当等は当然前日からツアーがある物として準備し、早朝に起きて往復一時間程の時間と燃料代をかけてお客様のいる宿まで往復{ツアーが無いのだから当然ギャラも無く}、家に帰って弁当を食べる。

それならまだいい。天気が良くなりそうな予報が出ているのに警報が継続しシャトルバスが動かない時。お客様と車に乗って安房まで移動し、朝の最終バスが出る6時まで警報解除が無いかまんじりと待ち、解除とならなければまたお宿までお返しする。安房―宮之浦間を二往復、80キロ強。

まぁ、以前は6時前という早朝に警報解除がある事はまず無く、その行為は無駄感がごく強かったのだが、どういう変化があったのか最近はそんな時間に警報解除がちょくちょくあるので油断できない。

さておき、5月18日その日 目を覚ましたら。

天気予報が示していたところでは 前日からの雨がにぎやかに屋根を打ち鳴らし、その雰囲気だけで警報発令が確信できる、筈だった。

おかしい。

うちのガルバリウム屋根がこんなに静かな訳がない。窓の外を見るとふうむ 耳がおかしくなったわけではなさそうで全然雨が降っていない。

天気予報を見る。

雨は雨という予報だったが、たしか「豪雨」とは出ていなかったような。よく覚えていない。何にせよ、一番具体的に天気を示してくれる雨雲レーダーによる「これまでの動き」「これからの動き」は、前日の予報を完全に裏切り、その後もさほど降るような気配を示してはいない。当然警報は一切出ておらず、ツアーを中止する理由はひとまず何もなくなってしまった。

全くもって嫁の言うとおりだ。休む気になっている日に限ってそうはならない・・

 

{ある程度以上の雨の日の仕事}というのは お客様の手前「いやいや仕事をしている」そぶりは見せる訳にもいかないが、正直家にいたい。何よりお客様側も ある程度体力的な余裕に加え精神的な「図太さ」が無ければ楽しめたものでは無く、それらを兼ね備えたお客様というのはなかなか稀有だ。

車に乗り込みお客様のいる宮之浦へ20キロ車を走らせる。こうなったら 意外と大したことない一日になれば良いなぁなんて 思っていた。

カンザキマキオ
2005年より屋久島にてガイドをしております。 沢登り/バイク乗り/楽器弾き/山登り/森林鉄道廃線探索 とかする時間を全部子供に吸い取られている三児の父。

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