屋久島 豪雨の記録 9 {トロッコ道}

屋久島 豪雨の記録 9 {トロッコ道}

縄文杉コースというのは面白いもので、「しんどいコース」だからこそ目標として人が来る。同一線上には高尾山や富士山があり、但し北アルプスなんかは無くて 果てにはホノルルマラソンや東京マラソンが続き、要は健康志向という線で結ばれている。
宮之浦岳からの縦走ではなく日帰りでガイドツアーに参加する、つまりは多数派にはそういうノリの人が多い様に思える。
かつて縄文杉の裏手まで行けるケーブルカーを作ろうという現実的な計画もあったが、今思ってもナンセンスという言葉しか思い浮かばない訳だ。登山道があまり歩き易くなるのも考え物だと思い、お客様にこの登山道が「しんどすぎる」とお門違いな文句を言われても同情の無い返事を返していたものだった。

しかし登山道は年々歩き易く改善され、2018年度始めには悪名高かった一部剥き出のトロッコ道も全線に渡って敷板が張られ歩き易くなった。
味気がなくなってきた、というのは確かだ。ただこれに慣れてしまうとそれまでが過剰にキツかっただけだと思えてくる。歩き易くなったと言えど歩く距離が減るわけではなく、やっぱり十分にしんどい。これを書いていてやっと気が付いたのだが、「健康志向」のお客様は何もマゾっ気をはらんだ「アルピニズム」なぞはかけらも望んでおらず、快適にいい汗がかきたい。だから「健脚向け」のコースを選びながら「{健脚ではない私}向けに無理の無い様ガイドさんが合わせてくれるわよね{但し途中引き返しは無し}」という無茶振りをよく頂くわけだ!・・・

さておき。このトロッコ道の敷板の無い箇所があった時は二本の線路に挟まれた箇所が完全に川となり、水面下で枕木がデコボコよく見えない所をジャバジャバ歩く事がままあった。
この豪雨災害の時はトロッコ道上の増水もかなりのものがあり、敷板の上をジャバジャバと歩いた。冷静に見れば経験上過去最高の水量だったが、そこまでの緊迫感を感じなかったのは体感で過去の状況を越えなかったからかもしれない。

小杉谷の東屋で最後の休憩をし、その時ガラケーで嫁あてのメッセージを書いた。
「カヌーがヤバそう!見に行って!!」
台風の日に老人が田んぼを見に行くのは死亡フラグでしかないが、嫁はムチャをする人間ではない。小杉谷を過ぎて僅かに電波が届く辺りで送信したら、カヌーではなく山にいる自分を心配するメールが返ってきた。

一番の懸念は“水ポタ”だった。通過するのはきつそうだが、何とかなる・できる、と思っていた。最悪のシナリオは崩壊だ。どこであれ崩壊すれば即通過不能に陥りかねる。そうなる最大の現実味が“水ポタ”にあった。

通常ではありえないペースで下山してきていた。それは周りの人間も同じで、誰かに追いついたり追いつかれたりはあまりなかったと記憶するが、“水ポタ”の30m程も手前で突然人の行列にぶつかった。
{あぁ、やっぱそうなるか・・}

そこさえ抜ければあと10分強で登山口なのだ。誰しもがさっさと帰りたい状況で、それだけの人数分の行列が出来ている。
その時点で一泊して下りてきた者たちも含め殆どがそこを通過できていない事がその場で見えてしまった。

 

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