屋久島 豪雨の記録 10 {リスク}

屋久島 豪雨の記録 10 {リスク}

我々は 依頼下さった顧客に対するガイドという職業の{個人}であって、公共の為に尽くす責務がある{公人}ではない。

だから顧客ではない人に対して道を教えたり、靴が壊れた人を助けたり、記念撮影を撮ってあげなければならない責任は一切無いが、緊急時には一般人以上に対応できる能力が期待されるだけに 人道的には対応する責任があるのかもしれない。
ただ、「善きサマリア人法」の話題があるように、その行為を保証する制度は存在しない。
法的な責任は無く、ただ重いリスクがあるだけなのならば、顧客以外の人間を助ける行為は“やらない”が一番の正解だ。
その選択肢があるのならば。

行列の最後尾でお客さんに待ってもらい、行列横を抜け先頭を見に行く。
案の定「水ポタ」は滝だった。先に下山してきていた宿泊組{縄文杉より上部の避難小屋に宿泊し下山してきた人たち。とうの昔に下山していた筈が水量が引くのを期待してずっと立ち往生していたらしい}、そのガイドたちが丁度しびれを切らして登山者たちを通し始めた所だった。

「水ポタ」の庇部分を支える柱にスリングを掛けてフィックスロープ状にして登山者に掴ませ、さらにガイドが繰り返し往復しながら一人一人を抱え込むように捕まえて滝となった個所を通す。

ただ「水ポタ」手前側にも向こう側にもそのフィックスロープの固定箇所が無い。スリングやロープ・カラビナ程度ならばガイドが装備していても流石にハーケンやカムは無く、都合の良い強固な支点は存在しない。二人ほどの人間が支点代わりとなってスリングを体に結び付けていた。

“レスキュアー・ファースト”

救助をする人間の安全が確保できない場合はその活動はすべきでない。

このレスキューシステムは合格ラインではまずない。ただ、これ以上も望めない。

 

「さぁ次、こっち来て!大丈夫だからホラ!」

水は上から叩き付ける様に降っていた。横殴りに谷底へ押し出そうという流れではないのでまだ良いが、気の弱い女性が委縮して水流の強い所でヘタリ込もうとする。ヘタリ込ませてしまうと身動きの自由が無くなり最終転がり落ちるしかなくなってしまう。へたり込ませないよう捕まえてぐいぐい通し、三・四人程でバケツリレー方式に通していく。
この状況でこの方法ならば人を下流に落としてしまう事もまずないだろう。
  恐れるべきはその箇所全体が{フィックスロープの支点もろとも}崩落してしまう事だった。
それがいつ来ることなのかは誰にもわからず、ただ漠然とその可能性が高まっている事だけは理解できた。それは第一にその場で停滞し救助活動する者に、そして救助される側として通過する人間達へと降りかかる。

そして仮に「それ」が起きた時、“救助されそこなった人”の、遺族となった人がその悲しみの矛先を誰に向けるだろうか?
「大丈夫だ」と「こっちに来て」と誘う事はリスクだった。
責務のある自分の顧客4・5人だけならまだ良い。彼らは責務の無いその他200人程の人間に対してその作業を始めてしまっていた。当然リスクはその場所に居る滞在時間との掛け算で増える。
本音を言えば、自分の顧客さえ通してしまえば「あとは頑張って」と逃げてしまいたい所だ。ただ、「何となく」理屈では無い所で 自分の立ち位置をそこに置くわけにはいかない様に思えた。水に打たれ続けている救助者の体もどんどん冷えてきているのが見て取れた。ガイドも沢山いるのだから交代することでせめてリスクを分散してやるべきだ。

冷えをうったえる救助者と交代し、自分も滝の下へと入り込んだ。

 

 

 

 

 

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