今回の台風で
- 2019.10.15
- さるぞー

台風がすごかった
わたしが暮らしている静岡県西部地方はそれほどではなかったのだが
テレビなどで見る限り、長野の千曲川の決壊など
こんなにも各地の川が一度に氾濫したことがあっただろうか
ちょっと現代とは思えない映像の数々にいろんなことを考えさせられた
いまどき川など氾濫しないもの
そんなイメージがわたしのなかにあった(多くの人もそうだったのではないか)
これだけ技術が進化し、必要以上の便利さが求められるこの現代に
川の水があふれて人々は逃げ惑い、家や車が一瞬にして使い物にならなくなる
街の電気屋には最新家電が次から次へと並べられ、どんどん新しい車が売り出される普段の生活からすると
その光景はなんだかとてもアンバランスなものに見えた
便利さや快適さを追求し続けていると思っていた人間の暮らしも
たった一度の台風によって一瞬にして崩れてしまうのだ
逆に言うと、どれだけ暮らしが便利になろうが、快適になろうが、新しくなろうが
それを取り囲む空気や水や土や陽の動きに人はかなわない、ということなのだろう
情報によると、数カ所のダムでは水が満杯になり、放水せざるを得なかったという
ダムを造った当初はあらゆる状況に対処できると考えていたはず
川の堤防だってどんなに水の量が増えようと決壊しない、という前提のもとに造られたはず
そうした想定が崩された
などと書いていて思い出すのは当然、あのときのことであるが
それを思い出してみても、人間が国土や地球を掌握できるという思いが
災害をより甚大なものにしているという気がしてならない
最近の台風は地球温暖化でより大型化しているという話も聞く
家が水に流されてもまた作ればいい
なんていう感覚が昔の人にあったかどうか定かでないが
じつはそれぐらいの心持ちでいるのが自然なことなのかもしれない
とふと考えた
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