マラソンの季節なので

マラソンの季節なので

2週間ほど前から週二日ほど、仕事終わりに走っています。
郡上八幡の我が家の近くに住んでいる後輩Mが、
来月フルマラソンを走るから仕事終わりに練習していると言っていたので
健康のためにお付き合いすることにしました。


↑毎回郡上八幡城を見つつ、街中を通るコース。郡上八幡ファンにはおそらくたまらないランニングコース。
ちなみにほぼ毎回ランニング中に後輩Mに彼氏とのノロケ話を聞かされる。

毎回4〜5キロを30分くらいかけて
ワイワイ話しながら走る。
体を動かすのはわりと好きなのでわりと楽しい。
走りながら、ふと、高校時代のマラソン大会を思い出した。

高校のマラソン大会は、女子10キロ、男子15キロだった。
女子は学校の校庭をスタートして、5キロ走り、また折り返してくるというコースで
男子は学校の上の林を5キロぐるりと回った後に校庭に戻り、女子と同じコースを10キロ走るというコースだった。

マラソン大会とはいうものの、
女子高生なんてものは、10キロも走らない。
8割のJKたちは10キロおしゃべりしながら歩くのだ。
ただのおさんぽ大会である。

しかし私は違った。
8割の人が帰宅部の中、ちゃんと部活に入ってバスケをしていたし
なんなら週一のバスケ部のお休みの日にはソフトボール部でソフトをしていた。
(なんならたまに相撲部で相撲の練習もさせられていた。)

もちろんマラソン大会は、全力で臨んだ。ガチで1位を狙っていた。
10キロの恐ろしさを知らない高校1年生だった私は、最初から全力で走った。
5キロ付近まではよかったが、5キロを過ぎ、学校への帰路につく道中は地獄だった。
もう肺がやぶれちゃうんじゃないの、というレベルのぜ〜〜は〜〜〜、ぜ〜〜は〜〜〜である。
心なしか、血の味がした記憶もある。きっと肺から血が出ていたに違いない。
そして多分、花も恥じらう15歳の乙女とは思えぬ顔で走っていたに違いない。

途中で、まだ折り返し地点にも到達していないおしゃべりおさんぽ大会中のJKに出会う。
友達やら先輩やらが「がんばって〜」と手を振ってくる。正直言ってこちらは手なんか振っている場合ではない。
まあいい、無視をする。気づかなかったことにすれば罪はないのだ。

何回か、いろんな友達たちの「がんばれ〜〜」を気づかないふりをして走っているううちに、
女子と同じコースに突入した、先頭を走る男子に出会う。
やばい、この顔を男子に見られるのはやばい。
おしとやか系綺麗系の女子ではなかった私でも、さすがにお年頃だったのでぜ〜〜〜は〜〜〜〜、ぜ〜〜〜は〜〜〜〜なおそらくひどい顔面を、
男子とすれ違う時にだけ涼しげ風な顔にして走っていた。もちろんぜ〜〜〜〜は〜〜〜も、す〜〜〜は〜〜〜くらいに抑えていた。
すれ違って、少ししてから、だぁっっはぁぁぁぁぁ〜〜〜と親でも聞いていたら引くんじゃないかと思うような呼吸でなんとか持ち直す。
その無駄な頑張りは確実に私の体力を奪っていった。

しかしそれでもすんごい顔を男子に見られるよりはいい。
女子高生とはそういう生き物なのだ。

私の通っていた高校は、小高い山の中腹に建っていたので、最後はわりと勾配のある坂道だった。
後ろから足音がする。誰かきている。やばい。これは抜かされるかもしれない。
足音が隣に来る。
「ありかちゃん、大丈夫?」話しかけてきた足音の方向を見ると、なんと部活の先輩だった。
彼女も10キロ走ってきて、きっと同じくらい辛いに違いない。
それなのに最後の坂の中腹で後輩のわたしに声をかけてくれたのだ。
「だ、だいじょうぶっす・・・」死にかけになりながら、返事をかえす。

先輩は私を抜かし、学校の敷地内に入るまで私の2メートルくらい先を走っていた。
おそらくこのままゴールすると、もうすでに何人がゴールしたのかは知らないが、確実に1位ではなくなるだろう。
たとえ心優しい天使のような先輩でも、負けたくなかった私は
最後の最後の20メートルを全力で走り、先輩を抜きにかかった。
そう、私は、こういうやつなのだ。
自分が辛い中、他人に優しい言葉をかけることができる先輩を後ろから出し抜こうとする人間なのだ。

さすがの先輩も、私に負けじと全力で走る。
0.1秒くらいの差で、先輩が勝った。

私はマラソンでも、人としても先輩には完敗だった。
でもまあいいのだ。
私は全力でがんばったし、走っている時のヤバ顔は男子に見られずに済んだ。

その後約2年が過ぎ、高校を卒業した。
マラソン大会で声援を送ってくれた友達を無視し、
心優しい先輩を出し抜こうとする、セコい部分もありながら
3年間イジメにもあわず楽しく過ごした。

卒業記念にもらったアルバムを友達と開いて見る。
懐かしい。遠足のリトルワールドの時や球技大会などの写真が載っていた。
マラソン大会の写真も載っていた。ふと、わりと大きめの切り抜きを見ると
私が走っている写真だった。なかなかのヤバイ顔で走る写真だった。

あんなに男子に見られたくなかった走っている時の顔を、
アルバムという、みんなが見る、それどころかほぼ一生残る品に残されてしまった。

もしかすると、人の優しさをないがしろをした私に、罰が下ったのかもしれない。
ふとこの一連の出来事を思い出し、これからの人生の教訓にしようと思った秋の一日でした。

つづく

 

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