お留守番をした二日間の心模様

お留守番をした二日間の心模様

ここ2日、久々の一人暮らしをしております。

ありちゃんは旅行中です。

昨晩椅子の足にハイターの原液をかけてしまった。

部屋中にハイターの激臭が蔓延して具合が悪くなりそうだ。

窓を全開、寒いが仕方がない。ねこ玉をふた玉布団に連れ込み

マスクをして朝を迎える。

食道が爛れたようだ。もしくは風邪をひいたかのどちらかで

飲み込んでも飲み込んでも飲み込めない違和感がある。

私は食道がふさがれるような感覚がこの世で最も恐ろしい。

人生で一度胃カメラを飲んだ時恐ろしさのあまりパニックになった。

死ぬ瞬間とはあんな感じに違いない。

普段、別に死ぬことを恐れてはおりませんといいつつ

死ぬ瞬間というものを生きている自分が想像するとすれば

あの食道がどんどん狭くなって息ができなくなるあの胃カメラを飲んだ時の

あの状態の向こうに死があるとすれば、死を恐れはしないとしても

果たして自分にそれを乗り越え無事死ぬことができるのだろうかと考えると恐ろしい。

独りは気ままでたまにはいいが、その時がもし一人の時にやってきたらとか

こたつに入って夜の8時にテレビでやってた多重人格の人の話を見てたら

急に怖くなったのでクイズ番組にチャンネルを変えるのである。

人生良いことと良くないことは表裏一体であるとこの歳になると良くわかる。

子供の頃からよく母にそんなことしたら人がどう思うかというようなことを

言われました。田舎では違っては生きずらいのである。母が昔からそう言っていたのは

世の中で生きていく術を教えようとしたのか、はたまた単に自分の子供が変であることが許せないのかこの歳になるとそんなことはどうでもよくなってくるのです。

ただおかげで勘違いしなくて済んだとも思う。

ただただ褒められて育っていたら、本質を突き詰めて探ろうという模索は自分の中に芽生えただろうか。

自分最高!以上終わり。と、私の性格だと多分そうなったに違いないのです。

物事には本当に価値があるものと、価値があると見せた上の価値 があるのではないかと思います。

それは、これにはあってこれにはない。ということではなく

それも表裏一体なのではないかと最近思うのです。

・・そんなことを考えつつ窓に張り付いたカメムシをチリトリで取るのでありました。

カメムシをいかに怒らせず捨てるか。今日は何匹くらい捨てたかな?

気がついたことがある。気のせいかもしれない。カメムシは怒った時と、求愛の時で放つ匂いが違うのではないだろうか。

たまにメロンのような甘い爽やかな匂いがするような。。カメムシに囲まれすぎて鼻がおかしくなったのかもしれない。

 

紅葉しだした窓の外の山を見ながら猿や鹿がやってこないかなあと

見つめる日々。そんな日々を送りつつ

年に2〜3回海外出張に行きたいな。その時は猫をどうしようか。

あー、猫。猫。

ハイターの原液を椅子にかけたのも猫が原因だ。

おかげで私の食道が爛れて死の恐怖について想像するに至った。

仕事のことも考えよう。スイス進出は順調だ。この調子でいろんな国を開拓していきたい。

日本より海外ウケがいいことは薄々気がついていたのだ、最初から。

人生は短いから夢のあることをしよう。

 

 

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