屋久島 豪雨の記録 12 {荒川登山口}

屋久島 豪雨の記録 12 {荒川登山口}

登山口から下山できなくなったのは実はこれが二度目だった。
↓一度目の時のブログがこれ。
https://zaruarai.hatenadiary.org/entry/20120712/1342113058

この時は道の崩れがあった訳ではなく土砂災害警報の発令でバスが合法的に上がって来れなくなり、奇しくも今回と同じ位、200名ほどの登山者の下山が数時間遅れた。まぁその程度だったから冗談めかした「大量遭難」なんてなタイトルで軽く(ヤレヤレ)といった程度の感想を書いている。
この時もうっすら考えた。台風や大雨で、登山口までの車道が崖崩れを起こしたことは今までも繰り返しあった訳で、悪運が重なればいつかはこの登山口で夜を明かさないといけなくなる事もあるかもな、と。
だから「バスが動かない」という事には「またか」と思い、「今日は下山できない」という事には「ついにか」と思ったのが正直なところだった。
上記ブログの時は 「雨もやんでいるし道路も通行に支障が無い」というのに「手続き上来れない」というバカバカしさがあった。
今回は「物理的に通れない」「通れるようにはしたいが雨がやまないと作業が開始できない」「日暮れまでに雨はやみそうにない」「激雨継続中」と、(ダメダメ)が(ゴリ押し)で来たからぐうの音も出ない。

 

時系列が前後するが まぁその「当日中下山不可」という状況は自分が登山口へ戻り、「水ポタ」でサポートしていたガイドたちも登山口に戻ってきてから徐々に明らかになっていった事。お客様方にその状況を説明するのはつらいものがあった。
ひたすらに雨は降り続け、ぐんぐんと日は沈んで行く。運の良い{悪い?}事に荒川登山口から脱出し損ねたバスが三台あり、とりあえずお客様方には分乗して雨を凌いで貰う。

最後尾近くで下山してきた「仕切りたがり屋」のM氏{先代の観光協会/ガイド部会長だった}がその場にいたガイドの人数を掌握、班分けをして各号車の担当を振り分けた。下界で事態に対応している役場と電話をし、情報のやり取りを買って出た。この人は元々役場職員でもあり、そういった所を動かしたり立ち回る事に長けている。加えて自分の思い通りに行かない事にはとことん食い下がる性格でもあるので任せておくに限った。

バスの中で状況説明をするM氏

ガイドそれぞれで担当号車を振り分けはした、が できることなどほぼ何もない。

ガイドは当然のごとく自主的にバスの外。ただまんじりと時間の経過を待つしかなかった。
バスの中は 体の濡れた人が冷えない様にと暖房が入り、ただ上がった気温分もが飽和した、むんわりとした湿度に満たされていた。
バスの外は外で、屋根の下何とか衣類の「着乾かし」をするつもりでいたが全く効かない。湿度から逃れられる場所は何処にも無く、暇潰しに持っていたタブレットでも見ていたかったが、本当に湿度だけでショートでもして壊れそうな程だった。何よりバッテリーを無駄に使うわけにもいかない。状況をSNSにアップだけして電源を落とした。

 

ここまで降り続ける豪雨は本当に珍しい。まぁ、ただ待ってりゃいずれ下山できる事だけは疑いが無かったので不安は無かったが、お客様方のご家族は心配しているだろう。自分にできる事はできるだけ情報を発信する事なんじゃないか。同時に、救助に動いている消防等の機関は我々が何を必要としているのか理解しているだろうか?
まぁ今はとにかくどうにも動けない、ただただまんじりと時間が過ぎ去るのを待ち続けるだけだった。

 

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