大事なことを忘れていた その②

大事なことを忘れていた その②

さて、インフルエンザだ
なんと早くもかかってしまった!
職員も合わせると80名近い人が一カ所にいる寮で働いているので
仕方がないといえば仕方ないのだが
どうもそれ以前の風邪が治り切らないうちに
弱った体に侵入されてしまった気がする
太陽の光と風を浴びられる場所で働きたい・・

インフルエンザはひとまず置いておいて前回の続き
そう、のぐその話である
(上の写真は横になってしまっているが、じつは実際のわたしののぐそあとである。
近くの林へ出掛けのぐそをし、そのあとは土と落ち葉を掛けて枯れ木で印をつけておいた。
このあたりの話はおいおい書いていきたいと思う)
以前していた仕事で、トイレがなければ自然体験活動ができなくなることに
大きな違和感をもち、そのころ新聞に掲載され、『くう・ねる・のぐそ』を
出版した糞土師伊沢正名さんを知った、というところまで書いた

あらためて、わたしの思いとしては
「のぐそや立ちションのどこが悪い!」という漠然とした怒りが端緒であった
森を歩いたり、そこでさまざまな自然体験(アウトドア)を行うに当たって
そこにトイレがあるかないかなどということは二の次の問題だったのである
自然にふれたり、野山でなにかを体験したいのであれば、
トイレだってその場で済ますべきだ、というぐらいの極端な発想を
まだ30代だったわたしはもっていたと言っていい
(だってわたしがこどもの頃はそれが普通でしたから・・)
さらに、わたしが仕事において行っていたのは建前上、
アウトドアや自然体験という“手法”を使った「環境教育」というものだった
1980年代にはじめてブラジルのリオデジャネイロで世界規模の地球環境問題のサミットが行われ、
以来、「持続可能な社会」というスローガンがうたわれ続けてきた
サミットでは社会が持続するためには生態学(生態系についての学問“エコロジー”)を学ぶことが重要で、
それについて学ぶことをわが国では「環境教育」などと言ったわけです
(もうお分かりのとおり、いま流行りの“エコ”はこのエコロジーからきているわけですね)

要は地球の物質はすべて“循環”しているのだということ
ただ、人類だけがその循環からはみ出てしまっている
埋めても土に戻らないプラスチックを大量に消費し、
森林が吸収し切れない二酸化炭素を放出し、地球温暖化を招いている
このままではこの地球環境を持続することは難しい、
なにか手立てを考えなければ、ということなのでしょう

こうした世界的な背景があるかないかは別にしても、
こどものころ(いや、大人になってからであっても)に自然体験や環境教育を受けるのであれば、
この生態学(エコロジー)についてすこしでも知ってもらいたい、と思うのが
わたしの希望でもあったのです
そんななか、自然体験はしたいけどのぐそやおしっこはイヤ、という発想は
わたしには大きな違和感として感じられました
森や野山をなにかテーマパークのように思ってない?
などという感じがそのときのわたしにはしていたのです

つづく

 

2 いいね!
読み込み中...