屋久島 豪雨の記録 7 {ツアー出発}

5月18日朝。

登山口にはガイド仲間や登山者が多くおり、自分を含め雨を覚悟して新しい雨具を下ろした者が複数名、一緒に写真を撮ったり和気あいあいとお客様の準備を待った。
雨も大した事は無く、普通に、さほど珍しくは無い雨の登山の一日の始まりだった。

6時半ごろ荒川登山口を出発。10分も進んだ所で、先輩ガイドO氏が引き返してきた。

 

この人は大体他の人がツアー施行する日でもうまくお客様を説得してすぐにツアーを中止する。大事をとっているというより根本雨が嫌いな人なもので、この時も正直「ここまで来てやめるならホテルでやめろよ・・」と思ったのが正直なところだった。
引き返し地点の「水ポタ」では確かに既に「ポタ」ではなく「ボタ」も「ダボ」も通り過ぎて「ザバザバ」と、重みをもって水が降っていたが、傘を低く持ち頭で支えて通過。
朝一から「自衛隊の演習」を覚悟させて出発したお客様だ。今思い返せば だからこそ踵を返す選択肢はなかった。お客様の「覚悟」つまり「意思」を問う という行為はある意味主導権の一部を明け渡してしまっていたのかもしれない。

恐らくO氏はその日が厳しい気象となる事等はさほど言わずホテルを出、登山口出発後その場の条件を見て「帰りましょう」といい 登山慣れした感じの無い50代くらいのご夫婦二人のお客様はタクシー代を支払い下山した。
そのやり方は今回結果的に正しかった訳だ。まぁ、そんな風にツアーを催行して「こんな雨の日に行ってまで金が欲しかったのか!!」とお客様に罵倒された経験談を聞いた事もあるので今後そうするかと聞かれるとやはりそうは思えないのだが。

登山道上はなかなかの増水をしていた。

覚悟を持っているような事を言ったお客様もここまでの覚悟は無かったかもな、とは早速ちょっと思った。

登山道のこのエリアは左右二本の線路内に先シーズンから敷板が張られ、こういう雨の時にモロに川の状態となった所を歩く機会はぐんと減ったし、同じ水量でも足がつかる深さはかなり浅くなった。とはいえ朝からここまで水量が出た中を歩くのはそうはないレベルだった。

こんな雨が降る様な雨雲はレーダーで映ってなかったと思うけど・・まぁここまで増水させる程の雨と言っても{台風が直撃でもしてない限り}経験則では大体数十分~1時間、長く続いて最大三時間といったところで今だけの事。そう思っていたら、実際8時前くらいからは大した雨ではなくなった記憶がある。

ただ、また再度雨が降り始めたのは昼過ぎからだったろうか。
その降り様、もとい降り続け様は徐々に自分の経験則から離れていった。

屋久島 豪雨の記録 7 {ツアー出発}

「おはようございます!」

朝一にお客様と顔を合わせる時、なかなかこうして言語化する事は無いのだが見ている部分はある。

遅刻してこないか、遅刻したとしても急いでくるか否か、どんな格好で来るか{雨具を着て来るか靴ひもを締めているかトレッキングポールをブラつかせていないか等}、そこで登山という行為に対する慣れや覚悟がどうしても見えてくる。

ただでさえ「健脚向け」とされるコースだ。天気という条件が悪い日に行くのにそうでなくとも帰って来れるか不安のある人をお連れする訳にはいかない。
100円均一のビニール雨具なんかを持ってきた人には「本来は準備不足としてお断り{ツアー代返金無し}のところですが、今日は天候による中止{返金あり}という事にしますから」と諭して諦めて貰う。{まぁ、そういう人こそが分かっていないからこそ諦める事が中々難しいのだけども。}

この日のお客様は一目見て「あぁ、行けるな」と思わされた。約束の時間7分前位だったが全員揃って全ての準備がリュックにまとまりホテルのロビーに腰掛けていた。

「昨日の予報ではとても行ける感じでは無かったのですが、今現在予報は完全に外れています。雨雲レーダー予報も・・{見せながら}分かっている限りでは警報クラスの天気にはならなさそうです。」

「ただ、予報よりも悪くなることも多いです。少なくとも今日は一日雨の中の行動になります。お気楽に楽しむための日になるとは思わないで、自衛隊の演習に参加するぐらいのつもりでいてください。やめておくならば、天候による中止として今日のガイド代に関しては返金できますが、如何でしょうか?」

言葉のニュアンスに、決してその選択肢も悪いものでは無い、むしろ楽しむ為に来た筈なのだからその方が自然なのでは?という気持ちも乗せて提案する。
しかし誰も迷った様子は見せなかった。

こうなったらもう覚悟を決めるしかない。

・・また前提の説明になるが、私は旅行会社を経由してツアーに申し込んだお客様を主にご案内する仕事をしている。ツアー代は旅行会社→所属会社→私という順に入り、お客様への返金も旅行会社からお客様へと行われる。
ツアー中止となれば 旅行会社/所属会社/私自身の皆が、ツアー代に関して いわば{くたびれもうけ}となるのだが、その判断は現地ガイドである私個人に委ねられている。
お客様の状態・天気その他の状況はその時/その場にいなければ分からないのだから当然の事なのだが、例えばトムラウシの遭難を引き起こしたアミューズトラベルなんかはその権限が現場にほぼ無かったと聞く。私の場合はそれにあたらない事はご理解頂きたい。

車に乗って、お客様と安房へ移動する。

この時 車の窓越しの景色に感じた悪い予感が、一つだけあった。

安房川の水位が高かった。

「うーん・・大丈夫かなぁ・・」

この二週間ほど前から、この安房川の岸に家族で遊ぶための私有カヌーを二艇置きっぱなしにしていて、{梅雨が来る前には引き上げないと}と思いながらも中々できないでいたもので、だからこそ川の水位に注意が行き、同時に「だから自分は過敏なのではないか」という疑いがそれをかき消した。

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気象庁の記録によるとこの時点では前日からの雷と強風の注意報が継続していたが、問題の大雨/洪水注意報は出ていない。

あの「悪い予感」という無形の念を補完しツアー中止に持って行く要素は今振り返ってもやはり見つからない。

バスに乗り換え登山口へと向かったのだった。

屋久島 豪雨の記録 6 {5月18日の朝}

5月17日

避難小屋へ宿泊に向かう一般登山者に警告を言いながら下山。翌日の天気予報はどうしようもなく雨の予報で、帰宅後 嫁とこんな会話をした。

「明日はどうせ中止やろうから弁当作らなくても良いぐらいなんやけどねぇ」

「そういう事言う時に限って中止にならへんねんって」

 

そう、台風の接近等確実な要因があれば我々ガイド側も、そしてシャトルバスも前日からツアーの中止/運休を決定する事もある。しかしこの日は前日の段階で決定しきれるものでは無いとして早朝判断となった。

これは憂鬱なものだ。

朝{3時頃}から起きて警報が出ていたならば、一応お客様の所まで行って「残念でしたねぇ、どうしますか?」と代替ツアーの希望{といっても何もできない事が多い}や翌日振替の希望を聞く。弁当等は当然前日からツアーがある物として準備し、早朝に起きて往復一時間程の時間と燃料代をかけてお客様のいる宿まで往復{ツアーが無いのだから当然ギャラも無く}、家に帰って弁当を食べる。

それならまだいい。天気が良くなりそうな予報が出ているのに警報が継続しシャトルバスが動かない時。お客様と車に乗って安房まで移動し、朝の最終バスが出る6時まで警報解除が無いかまんじりと待ち、解除とならなければまたお宿までお返しする。安房―宮之浦間を二往復、80キロ強。

まぁ、以前は6時前という早朝に警報解除がある事はまず無く、その行為は無駄感がごく強かったのだが、どういう変化があったのか最近はそんな時間に警報解除がちょくちょくあるので油断できない。

さておき、5月18日その日 目を覚ましたら。

天気予報が示していたところでは 前日からの雨がにぎやかに屋根を打ち鳴らし、その雰囲気だけで警報発令が確信できる、筈だった。

おかしい。

うちのガルバリウム屋根がこんなに静かな訳がない。窓の外を見るとふうむ 耳がおかしくなったわけではなさそうで全然雨が降っていない。

天気予報を見る。

雨は雨という予報だったが、たしか「豪雨」とは出ていなかったような。よく覚えていない。何にせよ、一番具体的に天気を示してくれる雨雲レーダーによる「これまでの動き」「これからの動き」は、前日の予報を完全に裏切り、その後もさほど降るような気配を示してはいない。当然警報は一切出ておらず、ツアーを中止する理由はひとまず何もなくなってしまった。

全くもって嫁の言うとおりだ。休む気になっている日に限ってそうはならない・・

 

{ある程度以上の雨の日の仕事}というのは お客様の手前「いやいや仕事をしている」そぶりは見せる訳にもいかないが、正直家にいたい。何よりお客様側も ある程度体力的な余裕に加え精神的な「図太さ」が無ければ楽しめたものでは無く、それらを兼ね備えたお客様というのはなかなか稀有だ。

車に乗り込みお客様のいる宮之浦へ20キロ車を走らせる。こうなったら 意外と大したことない一日になれば良いなぁなんて 思っていた。

屋久島 豪雨の記録4 {天気予報}

「屋久島は月に35日雨が降る」

 

これは林芙美子の「浮雲」という小説で有名になった古い言葉だ。

あらすじは「戦時中にベトナムのカラッとした風光明媚な場所で始まった不倫の恋が、敗戦を経て転げ落ち陰鬱な日本の最果ての僻地で熱病に侵され死んで終わる」というもので、要は物語上{ロクでもない場所}の{ロクでも無さ}を表現するための言葉だった。
断言させてもらいたいのは「そこまでは降らない」し、「そんなロクでもなくはない」という事。ちゃんと洗濯物干して暮らせています。

何より雨上がりは奇麗だ。虹がよく出る、「虹の島」だ。

さて、屋久島5月の豪雨に関して、現場の話以前の「前提」を書かせて頂いているのだけれども。今回は「前提」でありながら「核心」でもある「天気予報」について。

天気予報は近年インターネット上に色んなサイトがあって、アウトドア系の人間なら拘りのサイトが何かしらある人も多いだろう。個別の山の山頂の風速・気温等をピンポイントで予想してくれるサイトもあり、山頂を目指す際は僕も活用している。
ただ、屋久島に住んで長くなると どのサイトであれ翌々日以降の天気予報はあまりあてにしない。10日後なんかになると猫が顔を撫でてるとかツバメが低く飛んでるとかその程度の参考にしかならない。{まぁ、前線が上がるとか高気圧が張り出すとか、大局的な事は見るけども。}

屋久島は島自体が山地形をしていて、当然島の場所によっても天気が全く違う。「くもりのちはれ」だなんて島の何処でもない{屋久島あたり}、下手すりゃ種子島ともごっちゃにされた場所を予報する。そして人の住まない{山の中}はそもそも想定をしていないので、「言葉の天気予報」は当日であれ基本目安程度でしかない。
結局一番は可能な限り直前に雨雲レーダーを見て具体的にどう雨雲が掛かってくるのか。レーダーの予想が出る以上先の事は予想天気図で大局的な事を見る。
直前、当日の天気予報がそれ以前より一番精度が高い。それだけは間違いない。

だからツアー当日は警報が出そうだという予報が前日に出ていても 催行の可否は当日朝に決定する。あの日もまさにそれだった。
5/17日も縄文杉に行っていた。
天気予報によれば18日は豪雨の予報が出ていたので、上がってくるわかっていなさそうな一般の宿泊登山者に対し「考え直した方が良い/ひとまず電波の立つところで予報を確認すべき」と注意喚起しながら下山した。
まさか翌日に自分が日帰り登山を敢行するとは全く思わず、連勤だったので沢山寝てやろう、とか そんなことを考えていた。